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山口地方裁判所 昭和36年(ヨ)84号 判決 1964年4月30日

イタリー国、ミラノ、ラルゴ、グイド、ドネガニ、一―二番

申請人

モンテカチーニ・ソシエタ・ジエネラーレ・ペル・リンヅストリア・ミネラリア・エ・ヒミカ

右代表者

ピエロ・ジユスチニアニドイツ国ミユールハイム、ルール

カイザー、ウイルヘルム、プラツツ、一番

申請人

カール・チーグレル

右両名訴訟代理人弁護士

小林俊三

吉川大二郎

辻富太郎

中松澗之助

中村稔

右訴訟代理人五名輔佐人

相良省三

熊倉巌

山下穣平

徳山市大字徳山八三五五番地

被申請人

徳山曹達株式会社

右代表者代表取締役

蔭山如信

右訴訟代理人弁護士

清瀬一郎

内山弘

品川澄雄

小野実

右訴訟代理人四名輔佐人

斎藤二郎

小田島平吉

主文

申請人らの申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの負担とする。

事実

第一、申請人らの申立ならびに主張

申請人ら訴訟代理人は

「一、被申請人は、磨砕力ある装置を使用し、不活性有機溶媒、三塩化チタン、金属ナトリウム及び少量のC、P、T(ジシクロペンタジエニルチタニウムジクロライド)を右装置内に投入し、水素ガス雰囲気中で、摂氏六〇ないし九〇度に加熱して磨砕を行う第一工程と、磨砕力のない、しかし攪拌装置を有する重合装置に第一工程の生成物をうつし、不活性有機溶媒の存在下にプロピレンを導入してプロピレンを重合する第二工程とからなるイソタクト構造のポリプロピレンを含有するポリプロピレンの製造方法によりポリプロピレンを業として製造してはならない。

二、被申請人は、第一項の方法により製造されたポリプロピレンを業として譲渡し、又は加工のために使用してはならない。

三、被申請人が第一項の方法により、既に製造したポリプロピレンに対する被申請人の占有を解いて、申請人らの委任する執行吏にその保管を命ずる。右の場合において執行吏は右の目的を達するために適当な方法をとらなければならない。」

との判決を求め、仮処分申請の理由としてつぎのとおり述べた。

一、被保全権利

(一)  申請人らの特許権

申請人モンテカチーニ・ソシエタ・ジエネラーレ・ペル・リンヅストリア・ミネラリア・エ・ヒミカ(以下単に「モンテカチーニ社」という)は、イタリー国の法律により設立された法人であつて化学工業等を営んでおり、申請人カール・チーグレルは、ドイツ国の国籍を有しドイツ国、ルール、ミユールハイムのマツクス・プランク石炭研究所長であるが、申請人らは日本において左記特許権を共有している。

1 第二五一八四六号特許権(以下単に「甲特許」という)

発明の名称 オレフインの高分子線状ポリマーの製法

イタリー国における特許出願 一九五四年(昭和二九年)六月八日 同年七月二七日

ドイツ国における特許出願 同年八月三日

日本における特許出願 昭和三〇年六月八日(優先権主張)

同出願公告 昭和三二年一二月一九日

同設定の登録 昭和三四年四月二七日

技術的範囲

(ⅰ) 原料

(イ) 少くとも三個の炭素原子を有する一般式 R―CH=CH2(式中Rはアルキル、シクロアルキル又はアリルである)のオレフイン、殊にプロピレン、n―ブテンー1、nペンテンー1、n―ヘキセンー1、及びスチロールのようなα―オレフイン。

(ロ) 又はこれらオレフイン相互の混合物。

(ハ) 若しくはこれらオレフインとエチレンの混合物。

(ⅱ) 手段

(イ) 触媒

左記(A)(B)二物質の反応によつて得られたもの。

(A) メンデレーフ周期律表(以下単に「周期律表」という)第四ないし第六A族金属(ウランとトリウムを含む)のハロゲン化合物(以下これらを「A成分」という。)

(B)(a) 周期律表第二、三族の金属又はそれらの合金。

(b) 若しくは周期律表第一ないし第三族の金属の水素化物。

(c) 又は周期律表第一ないし第三族の金属の金属有機化合物(以下右(a)(b)(c)の各成分を合わせて「B成分」という)。

(ロ) 有機不活性溶剤中で右原料に右触媒を作用させる。

(ⅲ) 生成物

α―オレフインの線状で主として非分岐の頭尾ポリマーで、一般的構造式―CH2―CHR―CH2―CHR―のもので特にイソタクト構造を有するポリマー、又はα―オレフイン相互の混合物のポリマー、若しくはα―オレフインとエチレンとの混合物のポリマーで平均分子量一〇、〇〇〇以上のもの。

2 第二五六〇二九号特許権(以下単に「乙特許」という)

発明の名称 α―オレフインを選択的に重合して結晶性または無定形のポリマーにする方法

イタリー国における特許出願 一九五四年(昭和二九年)一二月三日 同年一二月一六日

日本における特許出願 昭和三〇年一二月三日(優先権主張)

同出願公告 昭和三四年四月一五日

同設定の登録 同年一〇月二六日

技術的範囲

(ⅰ) 原料

α―オレフイン殊にプロピレン。

(ⅱ) 手段

(イ) 触媒

左記(P)(Q)二物質の反応によつて得られた化合物で、少くとも表面においてアルキル基と多価金属との結合を含むもの。

(P) 周期律表第四ないし第六A族(ウランとトリウムを含む)の化合物(以下これを「P成分」という)。

(Q) 周期律表第二、三族(第一族も含む)の金属の有機化合物(以下これを「Q成分」という)。

(ロ) 有機不活性溶剤中で、右原料に右触媒のうち①固体で特に結晶性且つ不溶性のもの、又は粗分散性のもの若しくはその双方を作用させるか、②或いは無定形で液状ないし溶解したもの、又は高分散性のもの若しくはその双方を作用させる。

(ⅲ) 生成物

分子量一、〇〇〇以上を有するαオレフインの高分子線状頭尾ポリマーで右①の触媒使用法でイソタクト構造のもの、右②の触媒使用法により非イソタクト構造のもの、若しくはそのいずれかを主として含む混合物。

3 第三〇二一三二号特許権(以下単に「丙特許」という)

発明の名称 α―オレフイン類を重合して線状高分子量結晶性重合体を製造するための触媒組成物

イタリー国における特許出願 一九五七年(昭和三二年)二月二六日

日本における特許出願 昭和三三年二月二五日(優先権主張)

同出願公告 昭和三七年六月八日

同設定の登録 同年一一月一七日

技術的範囲

左記物質(成分)から生成し、これを用いてα―オレフイン類を重合して線状高分子量高結晶性イソタクト・ポリマーを得るための触媒組成物。

(ⅰ) 触媒成分

(X) 周期律表第一、二又は第三族の金属の金属有機化合物(以下これを「X成分」という)。

(Y) チタニウム、バナジウム、ジルコニウム、クロム又はコバルトである一金属の結晶性塩化物(以下これを「Y成分」という)。

(Z) チタニウム、バナジウム、ジルコニウム又はクロムである一金属のアルコキサイド、モノハロゲンアルコキサイド、アシールアルコキサイド、アセチルアセトネート、ハロゲンアセチルアセトネート、ハロゲンアシール化合物、或いはジシクロペンタジエニール誘導体で炭化水素に可溶性であり有機金属化合物との反応によつて可溶性生成物を生ずる化合物(以下これを「Z成分」という)。

(ⅱ) 触媒製造方法ならびに触媒

XYZの三成分を炭化水素の溶剤中で接触させて得たもの。

(二)  被申請人の特許権

被申請人は、肩書地に本店を有し、曹達、セメント、化学肥料等の化学製品の製造販売を業としているものであつて、左記特許権を有している。

第二九九六四〇号特許権(以下単に「徳山特許」という)

発明の名称 α―オレフイン高重合物製造法

特許出願 昭和三三年八月二三日

出願公告 昭和三六年八月二九日

設定の登録 昭和三七年六月二二日

技術的範囲

(ⅰ) 原料

炭素数三以上の脂肪族α―オレフイン類。

(ⅱ) 手段

(イ) 触媒

左記二物質(成分)を摂氏〇ないし二〇〇度の温度範囲に保持された水素雰囲気下で反応させて得たもの。

① 周期律表第四Aないし第六A族の金属ハロゲン化物。

② 周期律表第一族の金属、同合金、又はこれらの混合物。

(ロ) 右原料に右触媒を作用させる。

(ⅲ) 生成物

右原料の高分子ポリマー。

(三)  被申請人のポリプロピレンの製造

被申請人は右徳山特許に基づいて左記方法によりポリプロピレンの製造を行つている(以下この方法を「徳山法」という)。

第一工程

有機不活性溶媒を入れた磨砕装置のあるオートクレーブ内において、三塩化チタン、金属ナトリウムに少量のジシクロペンタジエーニルチタニウムジクロライド(以下単に「C、P、T」という)を添加して、水素ガス雰囲気中で摂氏六〇ないし九〇度の温度に加熱して磨砕させる。

第二工程

有機不活性溶媒を入れた磨砕作用のない、しかし攪拌装置のあるオートクレーブ内において、原料たるプロピレンに第一工程で生成されたものを作用させてこれを重合させ、イソタクト構造のポリプロピレンを高度に含有するポリプロピレンを製造する。

(四)  徳山法と甲乙丙各特許の権利範囲の関係

1、徳山法の触媒の本質

(ⅰ) 徳山法第一工程においては、プロピレン重合用触媒の生成は完了せず、第二工程において完了する。即ち、第一工程に用いられる金属ナトリウムは、そのまま第二工程にもち越され、これと第二工程で原料として使用されるプロピレンとが反応してナトリウム金属有機化合物が生成され、他方第一工程で投入された三塩化チタンがそのまま第二工程にもち越され、第二工程において右ナトリウム金属有機化合物と反応し、その反応生成物がプロピレン重合触媒として作用する。

(ⅱ) 即ち、ナトリウム金属有機化合物こそ徳山法の触媒の必須成分でありそこではプロピレンは重合を行う原料であると同時に、触媒生成に不可欠な成分として作用している。

(ⅲ) 従つて徳山法第一工程における水素ガスの注入及び予備磨砕は触媒生成にとつて不必要であり、又チタンの金属有機化合物の生成の有無は右触媒の活性に無関係である。

2 徳山法における触媒と甲乙丙各特許の触媒との同一性

(ⅰ) 甲特許について

徳山法における触媒は右のとおりひつきよう三塩化チタンとナトリウム金属有機化合物の反応生成物に帰するところ、三塩化チタンは周期律表第四A族の金属のハロゲン化合物であるから甲特許のA成分に該当し、ナトリウム金属有機化合物は周期律表第一A族の金属の金属有機化合物であるから甲特許のB成分に該当する。従つて徳山法における触媒は甲特許の触媒とその成分を同じくするから、両触媒は同一である。

尤も、

(a) 甲特許公報の特許請求の範囲の文言中には触媒の原料成分として、徳山法の第一工程に用いられる金属ナトリウムの如き周期律表第一族の金属や水素ガスを使用することは規定されていない。しかしながら、甲特許は触媒の製造方法に関する発明ではないのみならず、甲特許における触媒は原料成分そのものでもなく、原料成分相互の反応生成物であるから、一見触媒製造の出発物質がAB成分と異る如くであつても、触媒製造過程においてB成分たるナトリウム金属有機化合物が生成され、これとA成分たる三塩化チタンとの反応による生成物がプロピレン重合の触媒作用を営む以上、徳山法における触媒は結局甲特許の触媒と同一に帰するというべきである。

(b) 甲特許公報の実施例中には、A成分であるチタンのハロゲン化合物について、四塩化チタンを用いた場合を掲げるにとどめ、三塩化チタンを用いた場合を掲げていない。しかしながらこのこのことは三塩化チタンがA成分に含まれないことを意味するものではない。実施例は、単なる例示にすぎず、その実施態様のすべてを網らして記載することは不可能であり、発明者は三塩化チタンがA成分として果す機能ないし作用を予知してはいたけれども、これを右実施例中に掲記することを割愛したに過ぎない。特許請求の範囲にA成分として「周期律第4〜6A族の金属のハロゲン化合物」と明記されている以上、三塩化チタンは当然A成分に含まれるものである。

(c) 甲特許における生成物(目的物)はイソタクト・ポリマーと非イソタクト・ポリマーの無選択な混合物(前記(一)1(ⅲ))であるところ、三塩化チタンをA成分とする触媒を使用した場合には生成物(目的物)として直接イソタクト・ポリマーが得られる点から、この場合は甲特許の技術的範囲に属しないかの如くである。甲特許がその生成物を無選択な混合物としたのは、甲特許発明当時乙特許における如く触媒の形態によつて生成物(目的物)の制御をなし得ることが知見されていなかつたためである。しかしながら、乙特許は甲特許を基本とし、これと同一の発明思想に基づいて、触媒の選択的使用により生成物(目的物)を選択的に生成することを要旨としている(前記(一)2(ⅱ)(ⅲ))もので、あく迄も甲特許の改良発明である。しかして、基本発明の効力は、改良発明が基本発明と同一の発明思想の上に立つているものである限り基本発明の発明者の知見の有無を問わず改良発明によつて改良された事項にも及ぶものである。換言すれば、乙特許は甲特許の技術的範囲の内包を充実したものであつて、その外延を拡張したものではない。それ故三塩化チタンをA成分、ナトリウム金属有機化合物をB成分とする触媒系(徳山法における触媒)を用いた場合には、仮令生成物(目的物)がイソタクト・ポリマーであつても甲特許の権利範囲を出るものではない。このことは、徳山法における触媒がその形態において固体で結晶性且つ不溶性のものであるとしても(前記(一)2(ⅱ)(ロ)、(ⅲ)参照)、その使用は甲特許の権利範囲に属することをも意味する。

(ⅱ) 乙特許について

徳山法における触媒の原料成分たる三塩化チタンが乙特許のP成分に該当することは明らかであり、ナトリウム金属有機化合物は乙特許のQ成分に該当する。従つて徳山法の触媒は乙特許の触媒とその原料成分を同じくし、両触媒は同一である。

尤も、乙特許公報の特許請求の範囲には、触媒の原料成分として徳山法の第一工程に用いられる金属ナトリウムの如き周期律表第一族の金属や水素ガスを使用すること、ならびに徳山法の第二工程で生成されるナトリウム金属の有機化合物の如き周期律表第一族の金属の金属有機化合物を使用することは規定されていない。しかしながら、単に触媒製造の出発物質が異るという点については甲特許における場合と同一の理由(前記四、2、(1)(a))により、又周期律表第一族の金属の金属有機化合物の使用の点については左記理由により、このことから徳山法における触媒が乙特許の触媒と同一であることを否定することは出来ない。前述のとおり(前記四2(ⅰ)(c))乙特許は甲特許の触媒の選択的使用をその要旨とするものであつて、甲特許に従属する関係にある。従つて乙特許公報の特許請求の範囲には甲特許の触媒の原料成分の中代表的なもののみを掲記するにとどめたものである。のみならず周期律表第二又は第三族の金属有機化合物に代え周期律表第一族の金属有機化合物を用いることは、或る程度の化学的知識を有している者であれば容易に気付き得る微差に過ぎない。従つて、乙特許のQ成分には、甲特許のB成分に含まれる周期律表第一族の金属の金属有機化合物たるナトリユウム金属有機化合物を含むこと、もとよりである。

(ⅲ) 丙特許について

徳山法における触媒の原料成分たるナトリウム金属有機化合物が丙特許のX成分に、三塩化チタンがY成分に、C、PT、がZ成分に各該当することは自明である。

従つて、徳山法における触媒は丙特許の触媒とその原料成分を同じくし、ひつきよう両触媒は同一である。

尤も、丙特許公報の特許請求の範囲には、触媒の原料成分として徳山法の第一工程に用いられる金属ナトリウムの如き周期律表第一族の金属や水素ガスを使用することは規定されていない。しかしながら、このことは、甲特許について述べたのと同一の理由により(前記四2(ⅰ)(a))何ら両触媒の同一性を妨げるものではない。

3 以上の次第によつて、徳山法における触媒が甲乙丙各特許の触媒と同一であることは明らかであり、又α―オレフイン重合方法としての原料及び生成物も同一であることは明日であるから、結局徳山法は甲乙丙特許の権利範囲に属し、これらとてい触するものといわなければならない。

(五)  よつて、申請人らは被申請人に対し、法律上左の如き保全さるべき権利を有するものである。

1 特許法一〇〇条による差止請求権等

前段叙述のとおり、被申請人の実施している徳山法は、申請人らの共有する甲乙丙特許にてい触し、これを侵害するものである。後願の特許が先願の特許とてい触する場合には、後願特許の実施権が制限さるべきことは、先願の特許権が排他的な権利であることからして当然である。被申請人の有する徳山特許は、甲乙丙各特許より後願のものであり、しかもその実施方法たる徳山法が甲乙丙各特許とてい触するものである以上、申請人らは被申請人に対し、特許法一〇〇条による差止めを請求する権利がある。

尚、右のとおり徳山特許は甲乙丙各特許とその構成要件を同一にすることに帰着するから、本来特許権を付与されるべきではない。

徳山特許はすべからく無効審決によりその権利を否定されるべきである。しかしながら甲乙丙各特許の侵害は現実の問題である。特許の付与は行政処分ではあるけれども、一旦付与された特許は財産権たる性質を持つ。裁判所は右財産権の侵害の有無ないし救済の要否について、独自の判断に基づいて裁判をなす権限と責務を有するものである。

2、特許法七二条による差止請求権

徳山特許は甲乙丙各特許とその構成要件を同じくするものであるが、仮りに徳山特許が右構成要件に新らたに別の要件を加えたことによつて新規性を認められ特許を付与されたものであるとしても、その実施は当然甲乙丙各特許を全面的に実施することなくしては不可能である。換言すれば、イソタクト・ポリプロピレンは甲乙丙各特許によらければ、工業的には絶対に生産できないものであるから、徳山特許は甲乙丙各特許を利用しなければ実施できない関係にある。特許法九二条の救済規定(通常実施権の許諾の協議ないし裁定の請求等)以前の問題として、同法七二条により被申請人は業として徳山特許を実施することはできないものである。

3 特許法一〇四条の生産方法の推定

イソタクト・ポリプロピレンは甲乙各特許の出願(優先権)前日本においては公知のものではなく、右特許によつて初めて生産された新規物質である。従つて、被申請人が現に生産しているイソタクト・ポリプロピレンは特許法一〇四条により右特許と同一の方法により生産したものと推定される。

二、保全の必要性

1  被申請人は昭和三六年三月通商産業省に対し「石油化学計画書」と題する書面を提出して左記の如きポリプロピレン製造計画の概要を明らかにし、現に徳山法によるポリプロピレンの製造をなしている。

年産能力(単位屯) 所在 着工予定時期 完成予定時期

第一期計画 二、〇〇〇 南陽工場 昭和三五年一〇月 昭和三六年八月

第二期計画 一〇、〇〇〇 徳山第二工場 昭和三六年一一月 昭和三七年八月

第三期計画 一〇、〇〇〇 徳山第二工場 昭和三七年一一月 昭和三八年八月

なお被申請人の計画によれば、右製品は昭和三六年一〇月から市販し、その用途は射出成型プラスチツク用、ステープルフアイバー用、押出成型プラスチツク用、板用プラスチツク用、モノフイラメント用の各種に及んでいる。

2  申請人らは、現在日本において、共有する甲乙丙各特許につき、左記会社との間に契約金三〇〇万ドル(約一〇億円)の外販売価格の五パーセントを実施料として実施許諾を含むポリプロピレン製造に関する広汎な技術援助契約を結び、この契約は既に外資法に基づく政府の認可を受け、左記会社は現にポリプロピレン及びその二次製品の製造ならびに準備に着手している。

実施権者

東京都中央区日本橋室町二丁目一番地一

三井化学工業株式会社

東京都千代田区丸ノ内二丁目四番地

三菱油化株式会社

大阪市東区北浜五丁目二二番地

住友化学工業株式会社

3  しかして、被申請人の徳山法によるポリプロピレンの製造販売により、申請人らが直接甲乙丙特許の侵害から蒙る損害のほか、右実施権者らにおいて予期しない競争を余儀なくされ、得べき営業上の利益を失うことは必然であり、その結果申請人らは右実施権者らから得べき実施料の減損を見るべきことを明らかである。

それ故、申請人らは既に蒙り又は蒙るべき損害について本案訴訟により被申請人に対してその賠償を求める所存であるが、上記のように申請人らが蒙る損害の範囲は著しく広汎にわたり、又その額は極めて巨額にのぼることが予測されるから(特許法一〇二条二項はその最低限度を保障しているに過ぎない)本訴において充分これを回復することは至難といわなければならない。現段階において、速かに被申請人の右所為を停止させなければ申請人らの甲乙丙特許権はその実を失うに至ることは明らかである。

第二、被申請人の答弁ならびに主張

被申請人代理人は主文同旨の判決を求め、答弁ならびに主張としてつぎのとおり述べた。

一、仮処分申請理由一の(一)の事実中、甲特許の触媒原料のA成分に周期律表第四A族金属のハロゲン化合物全部が含まれること、乙特許の触媒原料のQ成分の範囲に周期律表第一族金属の有機化合物が含まれることはこれを否認し、その余は認める。

二、同(二)の事実は認める。

三、同(三)の事実も認める。

尤も、徳山法の第一工程は触媒製造工程であり、第二工程は重合工程である。しかして第一工程におけるC、P、Tの使用は被申請人の特許出願公告昭三七―一二一四一号の特許法五二条一項の効力に基づくものである。しかして右出願公告にかかる発明の概要は左のとおりである。

発明の名称 α―オレフイン高重合物製造法

特許出願 昭和三五年七月七日

同 公 告 昭和三七年八月二七日

特許請求の範囲

「周期律表第四Aないし第六A族の金属の低原子価ハロゲン化物をシクロペンタジニエン、その金属誘導体、シクロペンタジニエン環をその中に有する多環式化合物、その金属誘導体等の単独又はこれらの任意の組合せからなる添加剤によつて処理した後、周期律表第一族の金属、同合金、又はこれらの混合物の存在下に水素雰囲気中で反応せしめるか、或いは該低原子価ハロゲン化物に上記添加剤及び前記還元性金属等を添加し又は添加しつつ水素雰囲気中で反応せしめることによつて得られたハロゲン化金属還元水素化物を重合触媒とすることを特徴とするα―オレフイン類の高重合物製造法。」

四、同(四)の1の事実は否認する。

徳山法における触媒は、第一工程において金属ナトリウムによる三塩化チタンの還元反応と、それに伴う水素の吸収反応により出来た還元水素化生成物(仮称)であり、これがα―オレフイン類の重合に極めてすぐれた触媒活性を示すからこそ、その新規性を認められて徳山特許が付与されたものである。因みに、昭和三六年一〇月二一日申請人モンテカチーニ社は当時未だ出願公告中であつた徳山法の発明(特許出願公告昭三六―一四六四二号)につき、甲特許と同一であるか若しくは甲特許により示された公知事項により容易に実施しうるものであるから特許要件を具備しないことを理由に異議申立をしていたところ、昭和三七年五月三一日特許庁は右異議は理由がない旨の審決をなしている。かような訳で、徳山法の第一工程においては、水素ガスの使用は不可欠であり、又予備磨砕は固体である三塩化チタン及び金属ナトリウムと気体である水素ガスとの反応を充分に行わせるために(不均一系触媒反応)不可欠である。

同(四)の2の事実のうち

(ⅰ) 甲特許についての事実中、三塩化チタンが周期律表第四A族金属のハロゲン化合物であること、ナトリウム金属有機化合物が周期律表第一A族の金属有機化合物であり、甲特許のB成分に該当することは認めるがその余は否認する。

(a)の項の事実中、甲特許請求の範囲の文言中触媒の原料として周期律表第一族の金属や水素ガスが掲記されていないことは認めるがその余は争う。

およそ、触媒の作用は、触媒製造に用いられた各種成分の有する作用の相加ないし相乗といつた単純なものではない。従つて、その各成分をとり上げて比較する如き方法によつては到底触媒の同一性の検討は不可能であるのみならず、触媒の活性は製造方法によつて大なる差異を来すと共に、極く微量の物質の混在によつても非常に影響を受けるものであり、殊に固体触媒にあつてはその表面状態が触媒活性に著しい影響を与えるものである。

なお左記理由により甲特許は触媒の製造工程をもその技術的範囲に包含しているものと解すべきであるから触媒原料成分たる出発物質が異れば、そのことのみで、既に甲特許の拘束をうけることはない。

① 甲特許公報の特許請求の範囲には、触媒原料成分について記載し、反応組成物についての記載をさけていること。換言すれば、触媒を規定するためにはその製造方法をもつてするよりほかになかつたこと。

② 甲特許公報に記載された各実施例にはすべて触媒の原料成分及び反応条件が仔細に明記され、それを見る者が触媒の製造方法を容易に実施できるようになつていること。

(b)の項の事実中、甲特許公報の実施例には、その触媒のA成分として四塩化チタンを用いた場合は掲げてあるが三塩化チタンを用いた場合は掲げてないことは認めるがその余は争う。

特許権の効力の及ぶ範囲即ち特許発明の技術的範囲は、特許法七〇条に則り「特許請求の範囲の記載に基いて」定められる。

ところで、特許発明の内容を集約した明細書の「特許請求の範囲」は、一定のひろがりをもつた抽象的な表現をもつて記述されている。然し、発明は技術的に完成された個々の具体的技術態様に関するものである。従つて右技術的範囲は「特許請求の範囲」に記載してあることを解釈し、特定の技術態様がこれに含まれるか否かを探究して決しなければならない。しかして、右解釈に当つて特許公報中の「発明の詳細なる説明」の項や、実施例、更には出願審査の経過や別特許の記載などを斟酌することは否定されない。

しかして、乙特許公報の「発明の詳細なる説明」の項(乙特許公報五頁左欄「表V」)を検討すると、四塩化チタンとトリエチルアルミニウムとからなる触媒系を用いた場合、得られたポリプロピレンの結晶性部分の量比が、全体の四〇パーセントであるのに対し、三塩化チタン又は二塩化チタンとトリエチルアルミニウムとからなる触媒系を用いた場合には八〇ないし九〇パーセントの結晶性部分を含有するポリプロピレンが得られたと記されている。一方甲特許公報の「発明の詳細なる説明」の項(甲特許公報二頁本文左欄二六行目)には、「最良の触媒は、チタンのハロゲン化合物、殊に四塩化チタンとアルミニウムアルキル類、殊にトリエチルアルミニウムまたはヂエチルアルミニウムクロライドとの反応生成物である。」と明記されている。このことからしても、三塩化チタンは甲特許のA成分に含まれないことが極めて明白である。

(c)の項の事実中三塩化チタンを触媒原料のA成分として用いた場合には直接イソタクト・ポリマーが得られること、甲特許発明当時発明者が触媒の形態によつて生成物をイソタクト・ポリマーか非イソタクト・ポリマーの何れかに制御し得ることを知見していなかつたことは認めるが、その余は争う。

前項((b))において述べたとおり、特許権は発明活動の結果完成された独創的な技術思想という知的所産を、直接支配しうる権利であつて、完成されていない技術態様をその対象とすることはあり得ない。申請人らの主張する内包の充実なる表現は極めて不適切である。

(ⅱ) 乙特許についての事実中、徳山法における触媒の原料成分たる三塩化チタンがP成分に含まれること、ナトリウム金属有機化合物の如き周期律表第一族金属の有機化合物は、乙特許公報の特許請求の範囲の項にQ成分として記載されていないことは認めるがその余は争う。

乙特許が触媒の製造工程をもその技術的範囲に含むものであることは甲特許における場合と同様であるから、この点に関する申請人の主張は誤つている。

およそ、特許請求の範囲には「その発明の構成に欠くことの出来ない事項」を必ず記載すべきものであるから、「特許請求の範囲に記載されたものは単にその代表例に過ぎない」とか「第二、三族の金属有機化合物に代え第一族金属有機化合物を用いることは微差に過ぎない」との申請人らの主張は、全く暴論というのほかはない。そして、仮りに申請人主張のとおり徳山法第二工程において、ナトリウム金属有機化合物が生成されるとしても、周期律表の各族は、それぞれ性質の共通している元素を総括している反面、別異の族に属する元素相互間ではその性質は通常著しく相異していることを無視することは許されない。なお、乙特許の触媒は、表面にアルキル基と多価金属との結合を含むものであることが要件(限定)になつているが、徳山法の触媒原料成分中には、もともとアルキル基を有するような金属有機化合物は含まれないから、得られた触媒の表面にアルキル基の含まれる答はない。

(ⅲ) 丙特許についての事実中、ナトリウム金属の有機化合物がX成分に、三塩化チタンがY成分に、C、P、TがZ成分に含まれることは認めるが、その余は否認する。丙特許は物の発明である。しかしてそれは出発物質による限定がなされているから、徳山法に使用する金属ナトリウム及び水素が、XYZいずれの成分にも属しない以上徳山法における触媒が、丙特許の触媒と同一でないことは明白である。のみならず、徳山法の第一工程において得られる触媒は、反応生成物であるところ、丙特許の「発明の詳細なる説明」の記載からすれば、丙特許発明の触媒はその製造工程においてY成分とZ成分とが反応して炭化水素溶剤に可溶な錯化合物が生成されると共に、そのような錯化合物が溶剤に溶解した状態で吸着等の現象によつて、結晶性塩化物たる固体のX成分の表面に存在するという組成物、即ち混合物であつて、反応生成物ではない。

徳山法における触媒と同一でないことは明らかである。同(四)の3の事実のうち、α―オレフインの重合方法として、その原料が徳山法と甲乙丙特許の方法が同一であることは認めるが、その余は否認する。

両者は、手段たる触媒、生成物たるポリプロピレンに於て著しく相違する。

徳山法による生成物は、イソタクト構造のものを多量に含有する極めてすぐれた製品である。

五、同(五)の1の主張のうち、特許付与が行政処分であり、特許権が財産権であることは認めるが、その余は争う。

申請人らは、徳山法は甲乙丙各特許と同一ないし均等の方法によるものであるから、甲乙丙各特許を侵害する旨主張しているが、被申請人は、申請人ら主張のとおり徳山法につき徳山特許を得、C、P、Tの使用については前叙のとおり特許出願公告をなし、これを実施する権利を有しているものであるから、(特許法六八条、五二条一項)申請人らの右主張は失当である。

同(五)の2の主張はすべて争う。徳山法における媒触は、甲乙丙特許の触媒とは異り、その権利範囲に属しないこと、上述したとおりであるから、徳山特許は、甲乙丙各特許の利用発明でないこという迄もない。

同(五)の3の事実はすべて争う。

平均分子量一〇、〇〇〇以上のイソタクト・ポリプロピレンは、甲乙特許出願前我が国において公知であつた。のみならず被申請人は、前叙のとおり徳山特許及び特許出願公告昭三七―一二一四号に基づいて、甲乙丙各特許とは全然異る手段によつてイソタクト・ポリプロピレンを製造しているのであるから、特許法一〇四条の推定の問題は起り得ない。

六、仮処分申請理由二の事実中

1の事実は認める。

2の事実は不知。

3の事実は争う。

申請人らの得べき利益の減少があるとしても、それは実施料についてのみである。従つて、申請人らが仮りに損害を蒙るとしても、特許法一〇二条二項による救済が認められている以上本訴による判決の結果を待つたからとて、「申請人らの特許権がその実を失うに至る」べき理由は毫も存しない。

第三、疏明関係≪省略≫

理由

一、申請人ら主張の仮処分申請の理由中、被保全権利に関する一の(一)ないし(三)の事実中、(一)の事実のうち甲特許の触媒原料のA成分に周期律表第四A族金属のハロゲン化合物全部が含まれること、乙特許の触媒原料のQ成分の範囲に周期律表第一族金属の有機化合物が含まれることを除き、その余の事実は当事者間に争いがない。

二、申請人らは、被申請人の実施している徳山法は、その第二工程においてナトリウム金属有機化合物が生成され、これが触媒の必須原料成分となつているから、甲乙丙各特許とてい触する同一或いは均等方法であるか、そうでなくても、甲乙丙各特許を利用した利用発明であると主張するのに対し、被申請人はこれを争つている。そこで先ず徳山法第二工程下において、申請人らの主張するとおりプロピレン重合用触媒の原料成分としてのナトリウム金属有機化合物が生成されるものであるかどうかを判断する。

(疏明―省略)によれば、実験の結果、徳山法の第一工程での生成物をイソブテンと接触させた後n―オクチルアルコールで処理すると炭化水素ガスが発生すること、又右インブテンとの接触の後炭酸ガスで処理するとカルボン酸が検出されたことの疏明がある。

しかしながら、右疏甲号各証の実験は、イソブテンとの接触過程においていずれもボールミルによる磨砕を行つている点、徳山法第二工程とその操作を異にしており、磨砕を行わなかつた場合、果して右の如き実験結果が得られるか否か疑問である。のみならず、(疏明―省略)によると、実験の結果、徳山法の条件下において、金属ナトリウムとプロピレンとは全く反応しないが、三塩化チタンとプロピレンとは極めて顕著な反応を示したこと、更に三塩化チタン+プロピルナトリウム+C、P、T系触媒(申請人らの主張する徳山法における触媒)はほとんど全く重合能を有しないのに反して、三塩化チタン+金属ナトリウム+水素+C、P、T、系触媒(被申請人の主張する徳山法第一工程において生成される触媒)はすぐれた重合能を示したことが疎明されている。右実験事実(結果)からすると、徳山法第二工程下で金属ナトリウムとプロピレンが反応してプロピルナトリウム(ナトリウム金属有機化合物)が生成され、これと三塩化チタンと微量C、P、Tのが作用して、プロピレン重合触媒が生成されることは、皆無とはいえない迄も、極めて稀少であることを推認することができる。よつて前掲疏甲号各証の実験の結果検出された炭化水素ガスが、すべてナトリウム金属有機化合物から発生し、検出されたカルボン酸がすべてナトリウム金属有機化合物と炭酸ガスとの反応によつて発生したものであると即断することはできない。

しかして、仮りに第二工程において微量のナトリウム金属有機化合物が生成されるとしても、(疎明―省略)によれば、ナトリウム金属有機化合物が三塩化チタンと反応して重合触媒能を示すに至るには、三塩化チタンの量に対し、ナトリウム金属有機化合物の量がモル比で〇、八以上でなければならないことが、右ナトリウム金属有機化合物の一種であるエチルナトリウムならびにn―プロピルナトリウムについての実験の結果確認されているところ、前掲疏甲号各証の実験の結果検出された炭化水素ガス及びカルボン酸から推測されるナトリウム金属有機化合物の量が、当初投入された三塩化チタンの量に対し、モル比で〇、八以上であつたことの疏明も右疏乙号証の実験の結論をくつがえすべき疏明もない。

尤も、(疎明―省略)によれば、実験の結果、徳山法の第一工程での生成物をイソブテンと接触させ、これを炭酸ガスで処理したときは、触媒活性を失うこと、ついでこれにナトリウム金属有機化合物を加えた場合再び触媒活性が認められたということの疏明がある。しかしながら、(疎明―省略)によれば、徳山法の第一工程を経たままの生成物(未だナトリウム金属有機化合物が生成する余地のない段階)を炭酸ガスで処理した場合にも、触媒活性が失われることが実験の結果確認されている。それゆえ右疏甲号証の実験結果から、直ちに、炭酸ガス処理によつてナトリウム金属有機化合物が破壊されるために触媒活性が失われるのであるということ、従つて触媒の原料成分中にナトリウム金属有機化合物が存在するとの推認はなし難く、結局右実験結果も、徳山法第二工程において、ナトリウム金属有機化合物が生成されるとの心証の拠りどころとするに足る適格な資料とはなし難い。

他に、徳山法第二工程において、申請人らの主張する如きプロピレン重合触媒の成分としての機能をもつたナトリウム金属有機化合物が生成されることを認めるに足る疏明はない。申請人らの右主張は認められないといわなければならない。

そうすると、徳山法における触媒がナトリウム金属有機化合物と三塩化チタンにC、P、Tを添加して得た反応生成物であるとはいえないことは自ら明らかであり、徳山法が甲乙丙右特許の権利範囲にてい触しないことも亦明白である。

三、そこで次に、申請人らの主張する差止請求権等に対し、被申請人は、徳山法は徳山特許及び特許出願公告昭三七―一二一四一号によるいわゆる仮保護の権利を得て、これを実施しているものであるから、申請人らの主張は失当である旨主張して抗争するので、この点について判断する。

被申請人が、その主張にかかる特許出願公告昭三七―一二一四一号を得ていることは、申請人らにおいて明らかに争つていないからこれを自白したものとみなす。

申請人らの右主張は先ず、先願の特許権者は、これとてい触する後願の特許権者ないし特許出願公告者に対して、その実施の差止を請求できるとするものであるが、前叙認定の事実を用いるまでもなくその主張は理由がない。後願の特許が先願の特許とてい触するということは、特許法一二三条一項一号に該当する場合であり、同法一三一条以下の手続によつて無効審決を受ける理由があるというに止まり、無効理由を帯有する特許も無効審決の確定する迄は他から何ら制約を受けることなく(利用発明の場合は別として)自由にその独占的支配権を行使しうるものだからである。けだし、特許の付与(特許査定・登録)は、行政処分であり一種の公定力をもつものであるから、裁判所といえどもこれを無視することはできず、従つて、右行政処分の法的効果である特許権についても、無効審決を経ることなく、裁判所が独自の判断によつて、その権利行使を制限することは許されない。このことは、後願の同一発明が、未だ登録に至らず、出願公告の段階にある場合においても同一に解すべきである。

又、特許法一〇四条の規定は、特許権者又は専用実施権者に対抗し得ない者の行為により物の生産がなされた場合の推定規定であると解すべきであるから、申請人らのこの点に関する主張も亦主張自体失当である。

更に、申請人らは、徳山特許は甲乙丙各特許の利用発明であるから、被申請人らは業として徳山特許を実施し得ない旨主張するので審按する。利用発明とは、先行発明の特許要旨に新らたな技術的要素を加えたものであり、従つて、その実施が当然先行発明(被利用発明)の権利範囲に属する特許要旨全部の実施を伴うものをいう。甲乙特許の如き、方法の特許発明にあつては、出発物質、手段、目的物(生成物)の三要素が特許要旨を構成しているものである。それ故、その手段たる触媒の点において、徳山特許の実施方法である徳山法が甲乙特許の権利範囲に属しないこと前認定のとおりである以上、徳山特許は甲乙特許の利用発明でないことは明らかである。又丙特許は、成立に争いのない甲第一八号証の一、二第二九号証中第二部その一に徴し、原料成分と用法による限定を受けた物(触媒組成物)の特許発明であると認められるところ、その原料成分の点において徳山特許の実施方法である徳山法の触媒は、丙特許の権利範囲に属しないこと前認定のとおりである以上、徳山特許が丙特許の利用発明でないこともまた明白である。

四、以上見来つたところにより、その余の事項の判断をまつまでもなく、申請人らの本件仮処分申請は、結局被保全権利を欠き、失当たるを免れない。

よつて、申請人らの本件仮処分申請は理由がないからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決す。(裁判長裁判官平井哲雄 裁判官中村行雄 小林優)

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